Matt Elliott 「The Broken Man」

The Broken Man

The Broken Man


汝、一体何をそんなに憎むか。


前回の赤い公園が前座で、この人がメインアクトを務めるライブを昨年見に行ってたのですよ。その時は Third Eye Foundation 名義とソロ名義でのダブルヘッダーでしたが、先に Third 〜の音源を聴いていたためにソロの音楽性には良い意味で裏切られました。本人がアコギ一本抱えて弾き語るシンプルなスタイル、しかしエフェクターサンプラーを駆使して様々な音色とコーラスの重層を生み出し、とても弾き語りとは思えないほどの空気の密度、ディープな瘴気の渦を生み出しており、すっかり意識を惹きつけて離さない強烈な磁場を発していました。


今作でも少しばかり音を重ねてはいるものの、その時に比べるとさらに音数が減り、純粋なフォークソングに接近した印象を受けます。いや純粋でもないか。装飾をさらに削いで骨と皮しか残らなくなったアコースティック・ソングの数々、それらはまるで Scott Walker と初期の岡林信康が手を組んだような情念、哀愁、悪意、その中には英国人らしいと言えるかもしれない、そこはかとなく漂う気品。起伏は極力抑えられ、珈琲でも飲みながら佇むように淡々とした穏やかなテンションが続くのですが、その眼はまるっきり現世を見ていないし、奥深くには轟々と滾る業の火が。そしてふと息をついてからはコップから溢れ出した水が亡霊の呼び声となって…。


「If Anyone Tells Me "It's Better to Have Loved And Lost Than to Never Have Loved at All"', I Will Stab Them the Face」 長いしロクでもないセンテンスですがこれは5曲目のタイトル。13分あります。ピアノをフィーチャーして他曲とはまた別の悲愴感を奏でています。苦しみを知るくらいなら愛など知りたくはなかった。ずっと孤独で居れば何も失うことはない。これを生きる上での最もスマートで安楽な手段であるとし、袋小路に陥って成長を止めてしまった日陰者への子守唄。子守唄であるからこんなに冷たいのに、ひどく甘美に聴こえるのでしょうね。


明確なメロディなどほとんどなく、茫洋とした感覚が長尺に渡って続くという相当に敷居の高い内容ではありますが、きっと同調できる人はその匂いを嗅ぎ分け、この甘い水の畔まで辿りつけることでしょう。ずっと聴いてるとダメになるので、もうちょっと頑張って生きたい。


イギリスはブリストル出身のシンガーソングライターによる、本名名義では3年3ヶ月ぶりの5作目。


Rating: 7.0/10