Kate Bush 「50 Words for Snow」

50 Words For Snow

50 Words For Snow


前作 「Aerial」 で見せたアトモスフェリックな音像、ポップスの枠を解体した言葉本来の意味でプログレッシブな構成はここでも引き継がれており、なおかつ 「雪」 というテーマを主軸として一層濃密に練り込まれ、コンセプチュアルな統一性を持って今作の楽曲は展開していきます。


流麗な響きのピアノを主としたアコースティック楽器を用い、ナチュラルなリバーブ処理が静けさの中に緊張の糸をピンと張る楽曲群。ケイトは静かに囁くような歌唱から鳥のような朗らかさまで行き来し、時には声色を駆使して一人で何役も担うなどしながら、ストーリーテラーとして雪景色を舞台とする物語を丁寧に紡いでいきます。前からずっとそうだけど、やはり彼女の歌は女優的/演劇的。物語の語り部でありつつその主人公へと感情を没入させて、希望、喜びから悲哀まで実に豊かな表情を見せながら、起伏に富んだ流れを作り出す。またたおやかに溶けるように歌声を演奏に馴染ませ、陶然とするような美しさや包容力を見せるなど、その表現力、説得力はやはり彼女ならでは。かつてのロリータ的な蠱惑さ、奇矯でエキセントリックな面はさすがに幾分か薄れましたが、今は別の次元での聖性 (あるいは魔性) を手に入れて、その浮世離れしたクリエイティヴィティが相変わらず尖鋭であるのだなとしみじみ思わせられます。


頑張って歌詞も読むよ。英語力に乏しいのでアレですが、ここでの主人公はいずれも何かを喪失し、失くしたそれを雪の中に見ているようです。強い吹雪の中、分厚い雲の中ではぐれてしまった子供。人肌の熱で溶けてしまった恋人。雪が大切なものを呼び覚まし、その大切なものを奪うのもまた雪であると。それと表題曲 「50 Words for Snow」 は、その名の通り雪を形容する、雪から連想される、雪によって引き起こされる事象の50を挙げていくというもの。それは白く優しく季節を彩る輝きであったり、時には熱も視界も全て奪ってしまう死の象徴としても描かれますよね。中には何処の国の言語なのか、そもそも意味を成すのかも分からない単語が浮かび上がりますが、それもまたイマジネーションをかき立てる自由度のひとつ。イマジネーションに終わりはないからケイトは雪の向こう側にいくつもの物語を見出しているし、ここに形として残った七篇の物語が示すロマンチシズムにも終わりはないはず。


ロンドン出身のシンガーソングライターによる6年ぶり9作目。


Rating: 8.0/10