辻隼人 「狂子先生」

狂子先生

狂子先生


ヤバいのに手を出してしまった。


全曲ピアノ弾き語りというシンプルなスタイルなのですが、そこに込められた情念/怨念は致死量に迫る勢いです。流麗さと厳かな響きを持ち、激しく感情を吐露するように打ち鳴らされるピアノ。不意に牧歌的な明るさを見せる場面もありますが、通底しているのは湿っぽくカビ臭い、埃に塗れた陽の当たらない場所の匂い。常に物悲しさや憂い、さらにはもっと攻撃的な切迫感を突きつけるようにして、聴き手の意識を強く掴んできます。


しかもヴォーカルは全編コバイア語


朗々と歌うパートでは微妙に Thom Yorke を彷彿とさせる面がありつつ、皮膚に焼け付くような絶叫はブラックメタル系のソレ、あるいはインディーズ時代の清春とか思い出したんですがどうでしょう。何にせよ囁きから叫びへと至る極端な感情の振れ幅、そこに纏わりつく業のような気持ち悪さは強烈な印象を残すでしょう。創作言語による歌は当然何言ってるのか全く分かりません、故にタイトルと曲調から広がるイマジネーションが全てとなります。主張の強さに反して自由度は高いと言えるかもしれません。


ひょっとしたら昨今のいじめ自殺事情に通じるかもしれない (考えすぎか) 表題曲 「狂子先生」 、ノスタルジックな暖かさすらも鋭利な凶器と化す 「羊歯の眼の彼女」 、死にゆくような静けさの中で一瞬だけ言葉が見えた…気がする 「憂鬱と病気と子供の時代へ」 、シアトリカルな要素も見られる実験曲 「レレ」 など9曲。しかしクレジットは10曲収録とあります…何となく仕掛けは分かったけどパソコンじゃ無理だよなコレ。


この作品から受けるイメージとして暗闇、苦しみ、絶望といった負の感情が満ちるほどあり、それだけではなく一縷の希望、救いを掬い取ることができたら、それはとても幸福なことかもしれませんね。真の意味でゴスだし、真の意味でオルタナティブな個性を持った作品だと思います。


詳細不明のシンガーソングライターによる、初の全国流通となるフルレンス。


Rating: 8.6/10